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【連載】004-重度障害者の自立生活とその過程 ④福祉・教育から変えていくこと

今回のテーマこそ私の究極の目的です。”福祉”・”教育”の抜本的な見直しです。
”福祉”と聞いたら何をイメージしますか?”教育”と聞いたら何をイメージしますか?

”福祉”=奉仕・貢献・ボランティア・支援 教育=教える・協調性・みんな一緒 という
風潮や常識が根付いています。これ本当にそうでしょうか?福祉は奉仕や支援でしょうか?
重度障害者に奉仕をするのでしょうか?教育も教えることが”美”でしょうか?みんな一緒の
社会が本当に正解なのでしょうか?重度障害がある人にとって必要なものはなんでしょうか?

いろいろな「経験」が1番大事でしょう。
今までの常識に囚われていたら教師・福祉職員・親・家族に”可能性”を潰されてしまうのです。
教員はどうしても安全な選択になりがちです。何かあれば、責任を取らなければいけないので
児童・生徒らに自由にさせられない現状があります。これは、普通の学校・福祉施設も同様です。

経験をしなければ、”失敗”は生まれないのです。失敗はマイナスでしょうか?誰でも失敗して成長
しますよね?障害者だけが特別扱いされるのでしょうか?失敗を経験しないまま大人になったらど
うでしょうか?失敗はとても貴重です。失敗したら私は「失敗できたね!おめでとう!」と言って
あげます。失敗の先には「成功」しかないからです。失敗は恥ずかしいことではありませんよね!
またいけないことをやっても障害者は許されるのでしょうか?私は障害があろうと”ひとりの人”と
して、いけないことをやったら本気で怒ることが”真の優しさ”だと考えています。

障害があるのに、かわいそうと思う人がほとんどだと思いますが、それこそが障害当事者にとって
かわいそうです。障害はハンディーかも知れませんが、”逃げ道”ではありません。日本の障害者は
本当に恵まれています。国費で障害者基礎年金・ヘルパー制度も使えます。素晴らしいですよね。
東南アジアの諸外国は未だに昭和の日本です。こうやって地域で暮らせるこそ障害者も”障害はある
けれどひとりの人”として見られるようにしていきませんか?

そのためには、障害者・障害者の親・教師・施設職員の意識を変えていく必要があります。かわいそ
うという変な優しさを辞め、”ひとりの人として接する”ということを意識を向けていくことでしょう。
社会に通用する教育が今、とても大事だと思います。まずはここからやっていかなければ変わりません。

連載最終の次回は・・・10年後どうなっていたいかについて書きます。

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